大判例

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東京高等裁判所 昭和39年(ネ)842号 判決

成立に争のない乙第一、四号証、甲第八、九号証に弁論の全趣旨をあわせ考えると、終戦後一時流行した庶民金融の方式であるいわゆる殖産無尽が貸金業等の取締に関する法律(昭和二四年五月三一日法律第一七〇号)の施行に伴ない合法的組織に転向せざるをえない状況になつたことを機縁として、その大部分が昭和二四年秋頃以降株主相互金融方式の途を選んだところ、この新たな方式は資力信用に乏しい庶民大衆に極めて簡便な融資の道を開くとともに投資者には有利な利殖の方法であるとして喧伝され、急速に多数の加入者を吸収し、同業者の族生と相俟つて昭和二七年頃から昭和二八年頃にかけて総額二百億円ないし三百億円に達する巨額の資金が株主相互金融会社に集まり、その法的規制の必要を生ずるに至つたこと、右方式による金融業を営む株式会社は、以上の沿革および原判決事実欄請求の原因(一)記載の事業内容から看取されるように、加入者より日賦または月賦で一定の掛金を受け入れるとともに所定の金額の払込を了した加入者のうち融資希望者には右金額の三倍の金銭を無担保で貸付け、利殖希望者には右金額に対する一定割合の金銭を支払う殖産無尽類似の実態を保持しつゝも、他面、右払込金を株式譲受代金に充てて加入者をすべて株主となし、この株主のうち融資を受けない者に対し上記のような一定割合の金銭を株主優待金名義のもとに支払う法形式を整えたこと、かゝる法形式を採つたのは不特定多数の者から資金を受け入れることを禁止した貸金業等の取締に関する法律第七条に触れることを回避する意図に出たものであるが、株主優待金が株主にのみ支払われしかも右優待金以外には嘗て株主に対し利益配当が行なわれなかつた点を重視すれば、優待金といつても実質的には利益配当たる一面を帯有するものとの考え方を生ずる余地も充分あり得た訳であること、かように加入者は加入条件に関する契約上の地位と株主固有の地位とを併有し、これに支払われる株主優待金が法律上果してそのいずれの地位から流出するものと解すべきかは意見の岐れうるところであり、殊に法人税法上これを益金とみるべきか損金とみるべきか、その所得は所得税法上如何なる類型に包摂されるものであるかについては最終審の判定あるまで俄かに断定し難い性質を含んでいること、このような、所得税法施行後新しく生れた経済現象を金融関係法規上ないし租税法規上如何に把握し規律すべきかについて関係当局間に諸種の調査研究が加えられた結果、株主相互金融の形態による貸金業は銀行法第一条あるいは前記法律第七条の預金あるいはそれに類似する資金の受け入れ方式であるとの疑はあるものの、さりとて株式会社が株式の売却による代金を受け入れる形式をとつている点において右法律第七条の「預り金」に該当するものとは断定し難く、したがつて金融取締法規関係においてはそれに違反するものとなしえないとの結論に達するとともに、税法上は株主優待金は所得税法第九条第一項第二号の「法人から受ける利益の配当」に該当するものと解するに至つたこと、そこで国税庁長官は控訴人主張の昭和二八年三月三日付通達をもつて株主優待金は「法人の所得の計算上損金に算入しないで優待を受ける株主に対する配当として課税す」べき旨各国税務局長に指示し、この通達にもとづき日本橋税務署長が本件各決定をしたこと控訴会社が右各決定を不服として提起した前記取消訴訟においては、原告たる控訴会社が、右の利益配当とは商法上の利益配当の要件を充たした配当を指すものと解すべきところ株主優待金の支払は株主総会の決議を欠き株主平等の原則をも害するものであるから税法上の利益配当には該当しないと主張するのに対し、被告たる東京国税局長が、税法上の利益配当は商法上の要件を充たした利益配当に限らず広く経済上実質的に会社の利益配当と同視しうべきものを包含する故、会社の株主たる地位において出資に対する対価として会社資産の無償交付を受ける場合のうち減資による資本の払戻しおよび残余財産の分配を除くすべての場合を指すものと解すべきであり、優待金の支払が株主総会の決議を欠き株主平等の原則を害することはこれを税法上の利益配当に該当すると解することを妨げるものではないと主張し、所得税法の前提とする実質的意義における利益配当(取引社会における利益配当)とは如何なるものか、控訴会社の支払つた株主優待金がこれと同じ性質のものと認めうるか否かの点をめぐつて争われたのであるが、最高裁判所は「所得税法中には、利益配当の概念として、とくに、商法の前提とする、取引社会における利益配当の観念と異なる観念を採用しているものと認むべき規定はないので、所得税法もまた、利益配当の概念として、商法の前提とする利益配当の観念と同一観念を採用しているものと解するのが相当である。(中略)原審の確定する事実によれば、本件の株主優待金なるものは、損益計算上利益の有無にかかわらず支払われるものであり株金額の出資に対する利益金として支払われるものとのみは断定し難く、前記取引社会における利益配当と同一性質のものであるとはにわかに認め難いものである。」との理由により、東京国税局長の右主張を斥けたことが認められる。

以上認定の各事実よりすれば、税務当局は右通達で株主優待金が所得税法上の利益配当に該当すると解釈し、この解釈により本件各決定をしたところ、これを違法として提起された訴訟において右解釈の当否が主要な争点となり、それを不当とする裁判所の判断が下されたのであつて、国税局長の通達によつて解釈を統一したそのこと自体が不当と判定されたものではないことは勿論である。元来上級行政官庁の通達は、下級行政庁に対し法令の解釈基準ないしその運用方針等の準則を示すものであつて、一般国民を拘束するものではないから、通達による行政解釈に名を借りて実質上法令の改正または補充に等しい結果をもたらし、国民の権利義務に重大な影響を及ぼすが如きことは厳にいましめられなければならないが、租税法規に固有の抽象的技術的な性質と課税対象たる社会経済現象の多様性、流動性の故に、法規上は単に一般的基本的事項を定めるにとどめその具体的細目的事項については通達をもつて解釈運用の実際上の統一をはかり、課税の公平を期するよう処置することは、立法技術上および行政運営上やむをえないところといわざるをえない。本訴に先行する別件取消訴訟において通達に示された解釈は誤まりであると判示されたことは前述のとおりであるけれども、叙定各認定事実から窺われるように、株主優待金が所得税法上利益配当に該当するものと解すべきか否かは、優待金の特殊な経済的法律的性格からみて、微妙な事実認定とこれに対する専門的な法律的判断を必要とする事項であつたところ、税務当局としては通常公務員に要求される注意義務を尽してこれを積極に解しこの旨の通達を発して本件各決定および滞納処分に及んだものであつて、その解釈の誤りをもつて一概に過失に基づくものとはいい難く、また税務当局が最終的に自己の法令解釈が司法的判断により排斥されるべきことを認識しえた筈であるのに敢えて前記の措置に出でたものと断定することはできない。したがつて税務当局としては本件各決定にさきだちその根拠法規の新設に努力し、法規上の疑義を一掃した後に始めて徴税措置をなすよう取り計うべきであつた(いわゆる立法義務違反)とする控訴人の主張は採用しえない。

ただ控訴会社より日本橋税務署長のなした本件各決定につき東京国税局長に対し適法な審査の請求をしてその是正を求めたにかかわらず三年有余の長期間これに対する処置をなさず、この間控訴社会所有の営業用不動産を差押えただけでなくその公売をも済ませ、しかる後に審査請求を理由なしとして棄却した税務当局の態度については、なお一考を必要とする。けだし、租税賦課処分に対し適法な不服申立がなされていることを顧みず滞納処分までも完了することは、当該状況の如何によつては時として右処分が後日違法として取消されるときの危険をあらかじめ自から負担してなしたものとして、これに基く損害賠償の責を負わしめるのを相当とする場合もありうるからである。

ところで本件源泉徴収所得税および同加算税の賦課徴収については、当時の国税徴収法第三一条ノ二第一項第三項第三一条ノ三第一、二項および所得税法第四八条第一項第二項本文第四九条第一項第三項第二三条第六項によれば再調査の請求ないし審査の請求があつた場合においても、税金の徴収は妨げられず、したがつて差押財産の換価処分金の充当までも行うのが原則であり、ただ税務当局において相当の事由ないしやむをえない事由があると認めるときは、税金の全部もしくは一部の徴収を猶予しまたは滞納処分の続行を停止することができることになつていたにすぎない。しかして、いずれも成立に争のない乙第三、五号証、第六ないし第八号証の各一、二、第九号証、第一〇号証の一、二第一一、一二号証、甲第二二、二三号証によると、昭和二八年一〇月保全経済会の休業宣言を契機として営業を停止する株主相互金融会社が続出し、控訴会社も同年一一月頃以降解約高が加入契約高を上廻る等のことより資金難に陥り翌二九年二月八日から一斉に支払および解約受付を停止し、その後再建を試みたが失敗に終つたところ、昭和二九年三月一〇日同月より翌三〇年二月までの間に毎月滞納税額を分割納付する旨の納税計画表を、また昭和二九年七月二九日自己の営業用不動産を向う一ケ年間に売却しその代金のうちから滞納税金を分割納付すべき旨の滞納税金納付計画申請書を東京国税局長に提出する等して差押不動産の公売を延期されたい旨申出たのであるが、右各計画の一部すら実行に移しえなかつたので、翌三〇年四月に至り始めて東京国税局長は差押不動産の公売に着手し、埼玉、浅草、城南各支社の土地建物の公売については控訴会社の懇請を容れて暫時これを延期する措置をとつたものの、殆ど自主納付されないため、昭和三一年三月頃までの間にその全部の公売を終え、売却代金を滞納税額に充当し本件滞納処分を完了するに至つたことが認められる。当時にあつては賦課処分は未だ取消されることなく存続し、これにもとづいて着手された滞納処分自体にも手続上違法の廉がなく且つ徴収を猶予し、滞納処分の続行を一時停止するのを相当とすべき特殊の理由も存しなかつたのであるから、税務当局が徴税手続を進めて終局的な換価処分にまで及んだからといつて、これを不当であると非難することはできない。しかもその処分の根抵をなす税務当局の前記解釈判断について当局側に過失の責を帰せしめえない本件においては、滞納処分の執行を完了したこと自体についても、過失を見出すことはできない。

(奥野 野本 萩原)

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